ペルシャ秘宝「アナビアン・コレクション」をシルクロードの終着奈良に展示し、第二の正倉院に!

「アナビアン・コレクション」は、ペルシャの豊かな歴史を物語る収集品。紀元前5千年の素焼きから17世紀の青釉陶器まで、文明の変遷を辿ることができる。

展示予定の主な品目は以下の通り:

  •    ★紀元前葡萄酒用の動物型陶器
  •    ★幻のペルシャブルー釉陶器
  •    ★織部焼の源流となった緑釉陶器
  •    ★天目茶碗に影響を与えた金色のラスター彩陶器
  •    ★古代ガラス香水瓶

現在、イランでは発掘や収集が困難で市場にも出回らないペルシャの出土品を一般公開するため、奈良市や文化庁の協力を得て「続編正倉院」を実現し、古代の華やかさを未来奈良の起爆剤とすることを目指す。

正倉院御物級の「アナビアン・コレクション」の土器、陶器、仏塔、錦、外套、首飾り、2千点のペルシャ秘宝を貯蔵展示するため、「第二の正倉院」を平城宮跡周辺に建設し、シルクロード最終地の奈良の歴史を現在のものとして蘇らせる。

未来の正倉院は、シルクロードの出発点ペルシャ秘宝を7千年の巨大なスパンで鑑賞することができる壮大なプロジェクト。

奈良に再びペルシャの風を吹かせる

シルクロードを通じて、日本にはペルシャの葡萄酒を飲むための切子ガラス器や、奈良三彩、錦などがもたらされた。終点の奈良平城宮跡からはペルシャブルー陶器が発掘されている。出土した木簡にはペルシャの役人の名前が記され、ペルシャ文化伝道士が来日していたことが分かる

平城宮殿周辺からペルシャブルー釉陶器出土

「破斯 清道」(はし きよみち)というペルシャ役人は、2016年10月5日の読売新聞で大きなニュースになった。

平城宮近くで出土した8世紀の木簡にペルシャ人顔が描かれ、それが仮面劇の伎楽に使われたペルシャのお面によく似ていた。鼻が高く坊主頭が特徴で、奈良時代のペルシャ役人の似顔絵とみられている。

1966年に平城京跡から70メートル離れた場所で発見されたが、何が書いてあるか肉眼で見えなかった。半世紀後、赤外線撮影の結果、ペルシャ人を意味する「破斯」を記した出土遺物と初めて確認された。

「破斯」は政治的に高い位を持つ役人だったことが、平成28(2016年)年10月13日の読売新聞に書かれている。続日本紀に、遣唐使が「唐の人3人、破斯(ペルシャ人)一人」を日本に連れ帰り、聖武天皇と謁見し、波斯・李密翳に位を授けられたと記されている。

全盛期のササン朝ペルシャへ、アラブ軍は三日月を持って侵攻し、イスラムを持ち込んで来た。それまで何千年もゾロアスター教を国教としてきたペルシャから軍人、貴族、陶芸家、織姫、技術者、詩人、学識者が亡命し、長安とその周辺のペルシャ人街に住み着いた。シルクロード商人の交易で多くのペルシャ人街ができていた。唐時代の中国に多くのペルシャの秘宝のみならず、技術も持ち込み、中国皇帝に高い地位を与えられたことが、中国の古い文献に残っている。ササン朝ペルシャの最後の王ヤズゲルドⅢの孫、ナルシエが中国語で残した文章によるものである。

7~8世紀のアラブ人による侵略で、ペルシャ人は国を逃れ、激動を生き抜いて美術品やその技術を長安に持ち込んだ。中国に持て囃されたペルシャ美術のスタイルが、海を渡って奈良へ。

再び1979年にイスラム勢力が侵攻し「イラン・イスラム共和国」に政変が起こると、イランから王室、政治家、学者、起業家、医師、記者が欧米に故郷を去っていく。アナビアン一家も王級の宝物を命がけで、アメリカと日本へ避難させた。1300年前と同じ運命を辿り、海を渡ってきたペルシャの宝物「アナビアン・コレクション」が再び奈良に辿り着くことができれば、古代と現代の交易路を往来した宝物が日本の文化財として学者や愛好家の関心を惹きつけるでしょう。この壮大なプロジェクトは、時間と文化を旅することを約束する第二の正倉院を目指している。

奈良の貴族は、ペルシャ柄の絨毯の上に座り、青いワイングラスを持ち、「」というチーズをいただき、公文書を書くときは椅子とテーブルを使う生活様式だった。

三彩陶器は、歴史的に非常に価値があり、美術品としても高く評価されるようになったのは、日本の考古学者が1950年代イランを訪れ始めたころ。出土品で銀化した正倉院と同じ碗と出会い、ペルシャ美術が歴史学者や研究家たちの関心の的になった。正倉院三彩、ペルシャ三彩、唐三彩、宋三彩などの焼き物はすべて一つの糸で繋がった姉妹関係にある。何百年も中央アジアを越すシルクロードによってお互いに影響し合ったと考えると、歴史の大ロマンに引き込まれる。

ペルシャ三彩は、イラン北東部の豊かな緑を反映し、黄、白、褐色など色彩は唐三彩と共通している。和の美的感受性に通じる、奔放な筆さばきが特徴。

自然が奔放で美しい奈良平城京にペルシャ資料館を作ることができれば、奈良を訪れる人々はシルクロードの歴史をより深く実感できるでしょう。

奈良に向かう近鉄シルクロード線は、世界遺産の平城京のど真ん中を通り、窓から感動的な風景が広がる。

未来ペルシャ奈良ミュージアムについて、重要な方と面談のため、奈良市役所へ

奈良市長の仲川げん氏は、奈良でのペルシャ資料館についてのお話をじっくりと聞いてくださった。大きな人格とオーラを持ち、異文化、環境問題、料理など幅広い興味を示され、壮大なプロジェクトを実現できる市長にお会いできて、夢が広がります。

奈良で多くのペルシャ文化財に出会える場を実現するために、皆様のご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。今後ともプロジェクト進展の情報をお知らせし、アップしていきます。